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不覚にも

最近さぁ。わめくだけわめいて、まわりがうざったいから思い通りにしてやると図に乗ってという、でっかい赤ちゃんみたいな大人が増えたのかと思ったんですけどね。そーじゃなくて、ネットによってそういうのが表面化してきたということなんじゃなかろうか。
あと気になるのが、こういう事を書くと「ネットの重要性」などをとくとくと正義ヅラして講釈たれる、頭の悪い校長先生みたいなやつか。場の空気読めないくせに自分の正しさにはしがみつかずにいられない。おかげで、ちょっと思い切っちゃってるけどちゃんと読めば面白いような論旨の文章を読んでても、作者が誤解を恐れて先に言い訳しちゃうので興ざめするというパターンが増えてるんですよ。
いや別に特定の何かがあったわけでもないんですがね。いや、あったと言えばあったんだけども、特にそれだからというわけでもないので放っておきますが。なんか最近立て続けに、赤ちゃんじゃないからお前らがわめいても可愛さで中和されないので醜いだけだと言いたくなるような罵りあいを見ちゃったもんで。罵りあいを議論だとか言ってるし。言うだけなら言論の自由だとか。自分を弱者にして、相手を弱いものいじめする人間に仕立て上げようだとかいう、もう自分の立場を保てるフィールドを探して逃げまどっているだけ。地に足がついていないので言っていることは薄っぺらく、変に正義っぽい語彙はあるので文章のつじつまだけはあっている。あー、ムカツク。
そういうところには近づかないような勘みたいなものを養うのが、健やかにネットを楽しむこつだと思って頑張ってたんだけども。たまにフラフラっと見てしまう。そして嫌な気持ちになって、もう見るまいと誓う。その繰り返し。
なんだろーねー。そういうのって、小学生がチンピラにあこがれるように、おばちゃんが芸能人の離婚に一喜一憂するように、DNAレベルで吸い寄せられる何かがあるんだよなぁ。極たまにヒット商品も生まれるし。でも、トータルで見たらそういうのに近づく方が損だと思うので、なるべく近づかないようにしたいのです。