多機能の扉の鍵

万能というか多機能ってのは常に「なんかいっぱい機能のついてる何だかわからないもの」と思われる運命にある。iPodが売れた理由、というよりは他のHDDプレーヤーが売れない理由はそこだ。
デジタル機器なんだから、少なくともパソコンとかでどうにかするというくらいはわかる人にしか売れないとして、今までのウオークマンから想像を展開させると、CDをパソコンでなんとかしてHDDプレーヤーに音楽を入れて再生する、というくらいまでの想像ならたいていの人に可能だろう。そしてiPodiTunesというフリーソフトを使って、最小で考えれば「取り込みボタン」のみであとはほぼケーブルさえつなげれば音楽を聴くところまで漕ぎ着けることが可能なのだ。つまり「なんだかわからないけど簡単そう」という思いを抱かせる事が大事なわけだ。ファイルだの圧縮だのフ?マットだのは全部無視できる。他に何ができるのかなどどうでもいい。目的はiPodを売る事だ。iPodAppleを自慢する事ではない。
そして思うのは、iPodiTunesの組み合わせですらも使えない人間はいるという事実だ。つまり、それ以上の作業を一つでもユーザーに課した瞬間に、数万人のユーザーを捨てる事になるのだろうということだ。
とまぁ、以上はあくまでも初期投入する場合の話だ。一度そのものの基本理念を浸透させ販売数を確保したなら、飽和状態を迎える前に今度はそれをバージョンアップさせることになる。これはデジタルというものの宿命であるようだ。
そのタイミングは非常に難しい。乗り遅れれば時代遅れの烙印が押されるし、早すぎればマニア向けの商品としての運命が待っている。そして、それらを司るのは「ユーザー側の全体的なイメージ」でしかない。なんとも歯がゆいことである。しかしそこに一番乗りできたときの儲けは半端ではない。そして、それは「最先端」ではなく「近未来のスタンダード」と呼ばれるべき存在だ。
つまりiPodはスタンダードになったのである。新しくも古くもない。多機能でも少機能でもない。スタンダードである。iPodより多機能なのはマニア向けとなり、iPodより小機能なのはできそこないである。HDDプレイヤーの世界において、iPodは世界の中心になったのだ。無論、愛は叫ばないが。他社が狭い世界で煮詰まり、最新機能自慢や意味のない合成でお茶を濁している間に、AppleはHDDプレイヤーを世に広めるための仕掛けをしていた。理解されるのに無駄な時間のかかる余分な機能を省き、使いやすくそれでいて斬新な操作方法を探した。そして見事にAppleはやってのけた。
今、多機能の扉の鍵を持っているのはAppleだけである。なぜならばスタンダード以上の多機能はマニア向けでしかないのだから、他社はすべてAppleのまわりを付かず離れず歩いていくしかないのだ。
<了>
追記:この原稿を書いている途中で「TreoにMicrosoft OS搭載の憶測」というニュースが流れ込んできた。Palmsource社の今後やいかに!?というところではあるが、ある意味これはiPodが出る前のHDDプレイヤーの世界だと考えると面白い。なにしろ少なくとも日本にはPDAのスタンダードが存在していない。CEもPalmOSPocketPCCLIEもくそもない。全部負け組である。勝ち組が出てくるのはこれからなのである。PDA自体が負け組だと思わないこともないが、携帯電話はそろそろ電話だと言い張れるのは限界だと思うので、近く大異変が起こる可能性を否定することもできないと思っている。