ゆとり教育と学力の関係

学力低下の元凶と言われ、見直しが叫ばれている「ゆとり教育」だが、文科省が2007年4月13日に公表した高校3年生の実力テスト結果によると、意外な結果が出たのだという。成績がアップし、勉強意欲も向上、「ゆとり教育批判の根拠が無くなった」と報じるマスコミもいる。本当なのか。

「ゆとり教育」で成績アップ ホントなのかウソなのか (1/2) : J-CASTニュース

まぁそもそも学力ってものの定義が難しい。テストの点だけ高くて人間失格という人を良しとするかというか。ゆとり教育ってそもそもそこから出てきた話のはずだし。
テストの点で判断するなら、そんなもん過労死するくらい勉強させればいいわけですけども。どうしたって限度がありますからね。そこんとこが問題なんだよね。
振り子の原理で考えるなら、受験戦争で学力重視に行き過ぎたんで、揺り戻しもでかすぎたということになるんかなぁ。そして、今度はまた学力重視で、数年後に逆になる、みたいな。まぁ、そういうもんだからいいんですけど、だんだん振り幅が狭くなっていっていいところに落ち着くという結果になって欲しい。
とりあえずテストの点を取ることが唯一の生き甲斐、みたいな子もいるだろうし。だから個別に特性を判断して、とかになると、そんなもん判断できる高レベルな大人なんかそれほどいないだろうし。
まぁ、何も考えずに無責任な論争だけするためには、数値とかのデータだけを見るのが一番なんで。ネットとかだと学力だけ重視派が強いとは思う。だからまぁ教育に関してはネット上の論調で判断するわけにはいかないなぁ、とか。
とりあえず勉強ばっかしててもロクな大人にはならないけども、学校のテストで高得点をとるということはそれなりに意味のあることだし、当面そのシステムよりいいシステムは浮かばないので、そんな感じでいっといてください。ということか。あと、そういう大人の目を盗んで遊んでみたりとかするのもいいんじゃないかと思うけども、親としてはそれを良しとは口が裂けても言えないのだよと。反抗だけして目標のないのだけは最悪ですよと。
結局つきつめて考えたら、ゆとりも学力も両方必要じゃないですか。あとは個人的に多いか少ないかくらいなもんで。どっちかが圧勝してはいけないものですよ。圧勝なんてものは不自然でその後には崩壊しか待ってませんよ。べつやくメソッドで配分を考えたりする感じでいいですよ。