飽きるのではなく慣れる

●自転車はもう完成している
日常使う道具というのは、ある程度完成されてくるとセンセーショナルな出来事は起こさなくなってくる。いまどきシャープペンシルから芯が出たといって驚く人はいないが、みんな使っている。しかし、なくなると困る。そういうものである。
IBMがワークパッドを発表したとき、Palmを自転車に例えたという話がある。自転車はシステム的にはすでに完成されたといわれている。素材や電動アシストなどで多少の進化はあったとしても、ハンドル、ペダル、タイヤ、サドルの位置や関係性はほとんど変わらないものだ。そこに無理矢理ラジカセを設置しても誰も買わない。それは自転車の使用目的がきちんと理解されているからである。


●言うことをきかない子
最近、Palmへの関心が薄れたかのようにサイトを閉じている現象が見られるが、別にサイトの更新に支障をきたしただけでPalmに飽きて使わなくなったわけではないと思う。デジタル機器なのである程度の制限はあるが、PalmOSはすでに完成形に近づいているのではないか。あまりにも普通に使えるために、新しい困難に立ち向かう心の高ぶりや、困難に打ち勝つ新鮮な喜びがないので飽きたと思ってしまうのかも知れない。言うことをきかない子の方がかわいいというパターンである。だがPDAはペットではないので言うことを聞いたほうがいいに決まっている。
僕もまだVisor Deluxeを使い始めて3ヶ月しか経っていないが、新鮮な驚きとは久しく出会っていない。しかし、出かけるときに携帯電話を忘れてもVisor Deluxeは忘れない。飽きたのではなく、慣れただけなのだと思う。僕はもともと通信端末がそれほど必要な人間ではないので、自宅にあるパソコンのデータの一部を手軽に持ち運ぶために必要な情報端末であるVisor Deluxeの方が、携帯電話より大切なのである。友達がいないとなると悲しくなるので、そういうことにしておいてもらいたい。


●飽きるとはすごいこと
移り変わりの激しいデジタル業界において、飽きると錯覚するほどに使い慣れる道具というのは、あらためて考えるとものすごい物なのではないだろうか。このサイトのように一発ねらい的のビジュアルサイトでもないかぎり、Palmの専門サイトはこれからも減っていくのかも知れない。しかし普通のサイトの普通の日記に、当たり前のようにPalmが登場するようになるのではないだろうか。いや、当たり前すぎて日記にも載らないかも知れない。事実、Palmをメインとしているサイトでも、日記を主として更新しているものの中にはPalmが出てこないものが多い。
しかし、PDAのあるべき姿とはそういうものだと思う。あってあたりまえ、無くして始めてありがたみがわかるのだ。数ヶ月にわたって毎日ネタを提供できる商品は、欠陥品か未完成品であろう。


●戦うべきフィールド
ここからは余談だが、そのうち新機種の売り上げもPocketPCに抜かれるのかも知れない。しかし、それは数字のトリックでもある。本来ならば、調べるのは非常に難しいのだが、新規購入率ではなく、現在の使用率で考えるべきなのだろう。家にPocketPCが3台あるけど、普段持ち歩いて使っているのは昔に買ったPalmマシンで、こんど新しいPocketPCが出るので予約した。そういう人が多ければPocketPCPalmの4倍売れていることになってしまう。Palmマシンは基本コンセプトがすでにしっかりと実現されているため、目先の機能をむやみにつけるわけにもいかないので、新製品の出るサイクルは非常に遅いのだ。しかし、それは欠点なのだろうか。
別に使いたくないなら使わなければいいし、欲しければいくらでも買えばいい。世界中の人間が使いやすいというものなどこの世にありはしないのだ。しかし、どうもPalmは日常的に使えるか使えないかというところで勝負しているのに、そうではないところで戦わされて負けている気がしている。長文を入力することやムービーを見ること、音楽を聴くことなどはPalmの基本構想には始めから入っていないのだと思う。優秀な秘書が、着ている服が暗いとか走るのが遅いとか音痴だからといって、非難されたり飽きられたりするべきではないのだ。


●旅先の知恵
僕はパソコンが本棚で、Visor Deluxeは本棚から取りだした必要書類を入れておくケースというふうに使っている(あたりまえだが、通信速度や画面の広さから言って、情報収集するならデスクトップマシンの方がはるかに使いやすい)。旅行の時に、出かけるときは大きなバッグだが、目的地で出歩くときには必要最小限のものを小さなバッグに入れて歩くのと似ているかもしれない。
デジタルは大きさが具体的に見えないのでいくらでも持ち運べる気がするが、必要でないデータは必要なデータへの道を邪魔することもあるのだ。力持ちで一度にいくらでも荷物を持てたとしても、カバンの奥に押し込まれた切符を取り出すのに時間がかかれば意味はない。力持ちでない方が、あらかじめ区分けするので切符を素早く手に入れられるだろう。力がないほうがいいこともあるのだ。F1マシンで遠回りするよりも、自転車で抜け道を通った方が早く着くに決まっている。隣の家に遊びに行くのであれば、そもそも車のエンジンをかける必要がない。要はデータを遠くに置くからいけないのである。


●慣れた道具が一番
僕は今日もVisor Deluxeでテキストを読む。ちょっと長めのニュースなどをDOCにするのは、僕の中では常識だから、ただの流れ作業だ。Palmを使っていることなど気にしない。ただテキストを読もうと思ってボタンを押す。時折メモを取ったり、スケジュールを確認したりする。必要な作業はもうないし、無理矢理増やす気もない。しかし毎日毎日何度もVisor Deluxeの電源は入れられる。必要な作業が解っているならば、慣れた道具が一番なのである。